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見透かした始末はきちんと行え

ふと人を観ることをやめた事がある。それは直接相手を見る事ではなく観察することの観るだ。性悪説云々とは思わないが醜悪な気持ちを持つことは誰にでもある。嫉妬や欺瞞から生まれたりする。

そんな気持ちを見透かしてしまう人がいたりする。そんな目でみて分かるだの。態度で分かるだの。それはそれで仕方がない。その思っていることが正しいか正しくないかは別として汲み取ってしまうことは意図的でなくてもしてしまう。

ただそれをどうするかは人による。汲み取った思いを相手に伝えること。結局君はこう思ってるんでしょ。そうしたいんではないの?

なんて図星なんだけどまだ思いが固まらない渦中で言われると気持ちが悪いのだ。それは図星を突かれたのではなく自分の思っていることを他人に外に出される事が大きいのだ。それが先述した醜悪なものなら尚更なのだ。外に出すべきではないと分かっているのに他人に出されるのは言葉の凌辱そのものだと思う。

その経験上人を観ることを一時止めた。止めざるを得なかった。自分がしてしまわないかが恐ろしくて。立ち直るまで時間がかかったし人を観る目がなくなった(薄くなった)。

けどそれでいい。自分にした奴は今でも憎いがいい気付けになったのかなと舌打ちしながらに思う。